ホーチミンルート

南ベトナムでの戦争開始以来、北ベトナム側から山間の秘密のルートを通って武器、弾薬、兵員が送りこまれているというその軍事援助ルートがホーチミンルートです。北ベトナムのビン西方、ラオス国境にあるケオ・ヌア峠付近からはじまり、十七度線の非武装地帯西方で一部が分かれて南ベトナム北部のケサン方面に入り、さらに南下してアシャウ渓谷付近からも南ベトナムヘとルートが分かれています。カンポジア、ラオスへの戦火拡大とともに、ポーチミンルートもさらに南下し、ラオス南部のサラバンからポロベン高原を越えてアトプーに至り、ここから一部は、東の南ベトナム、一部は南のカンボジアヘ入っているという。ホーチミンルートによる物資、弾薬を貯蔵したところに聖域があるとして、アメリカと南ベトナム政府軍は、1970年4月にはカンボジア侵攻作戦を行い、同じく71年2月にはラオス南部チェボン付近に侵略を行い、いずれも失敗しました。戦争の拡大とともに、あらたに増強された部分や、ラオス南部からカンポジアヘ伸びたルート、及びその支線が、新ホーチミンルートと呼ばれていましたが、アメリカ側がホーチミンルートをくり返し爆撃したのに対し、北ベトナムおよびインドシナ人民側では、新旧ともにホーチミンルートなるものの存在を一切認めていないのは特徴的でした。

インドシナとベトナム戦争

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